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2016年11月13日日曜日

なぜメディアはトランプの勝利を読めなかったのか? 〜如何に将来を正しく予想するか?〜

 今、メディアは、大衆から「何故トランプの勝利を見誤ったのか?」と問われているようです。しかし、私は、その問い自体が間違ってると思います。
 何故なら、メディアで働く方々は、自分の書いた記事が人々に着目され売れなければ生活を維持できません。大衆に注目されるネタこそが彼らにとって必要なことです。彼らは、常に「如何に着目してもらうか?」「如何に記事を買ってもらうか?」を自問し続けているのであり、正確な将来予測や事実報道をする動機を必ずしも持っていないのです。つまり、将来のことをメディアに問うこと自体が馬鹿げているのです。
 では私たちはどうしたら良いのでしょうか?如何にして将来に備えれば良いのでしょうか?ネットは、今や全世界に普及しています。ISの戦闘が続く地域ですら活用されています。ネットは制限のないことからとても自由な世界です。ネットには、嘘の情報も蔓延していますが、未加工の情報源や知性溢れる本質をついた分析も沢山あります。私たちは、ネットを活用することでそれらの情報をいとも簡単に参照することができます。今年の大統領選挙に関して言えば、マクロ経済データ分析屋は諸経済指数の伸び悩みから経験値と照らし合わせ政権交代すると予想していました。
 「如何に将来を正しく予想するか?」と問われれば、「自から、知性を身につけ、ネットを上手に活用し、信頼できるデータや分析結果を議論して見極めること」と回答できます。「風が吹けば桶屋が儲かる」といったデータ裏付けのないお話には注意が必要です。 (おしまい)


図はFortuneから

2016年1月5日火曜日

民主主義より優先されるもの 〜イラクやシリアに必要なもの〜

昨今の中東における紛争や宗派対立を見ていると、民主主義が一番と必ずしも言い切れないことを思い知らされます。

イラクは、アメリカが占領し暫定統治したにもかかわらず、その後国内において宗派対立が浮上し、民主化プロセスを上手く進行させていません。改めて中東の地図を見ますと、対立するサウジアラビア(スンニ派)とイラン(シーア派)の両大国の中間に、イラクが緩衝地帯として位置していることを見て取れます。

このような緩衝地帯においては、両宗派が入り乱れ争いも絶えないことから、国としての統治が極めて難しいと言えそうです。そのような不安定な地域に、突如として民主主義を持ち込んでも紛争を解決できそうにありません。むしろ強権的な独裁主義の方が宗派間の紛争を抑え込むことで平和を維持できると考えられます。実際、かつてフセイン大統領は、アメリカが侵略するまで、この不安定な地域において強権的な独裁体制によって平和を維持し続けました。フセイン大統領は、地域平和に必然だったのです。

人々は、何はともあれ、地域が統治され治安が維持されてこそ平和に暮らすことができます。紛争が頻発するような地域で安心して生活できません。アメリカの侵略とアラブの春によって民衆(宗派)が分裂し国土が荒廃していくイラクとシリアのそれぞれの国内情勢を見ていると、民主主義が一番と必ずしも言い切れず、時によっては強権的な独裁政権に委ねてでも、先ずは地域の統治が優先されるべきということを思い知らされるのです。(おしまい)





2014年10月18日土曜日

分かりやすい表現・文書のコツ 〜日本語と英語の表現の違い〜

 私達は、曖昧な主語のおかしな文をついつい書いてしまいがちです。しかし、ちょっと考えるだけで修正することができます。

 私達は、例えば「エボラ出血熱の感染を防ぐことができる」と言います。この場合、主語はありませんが、主体は筆者など「人」であり暗黙の主語と一致していることから、読み手が主語を容易に想像でき、文は分かりやすいと言えます。

 ところが「エボラ出血熱の感染」をテーマとしたい場合、日本語の文法の曖昧さが顕著になります。例えば、「エボラ出血熱の感染は防ぐことができる」と言うこともできます。この場合、普通の人に意図は通じるものの、「感染が何かを防ぐ」のか「何かが感染を防ぐ」のか、文意を厳密に定義していません。その原因は、文の主語は「感染」であるものの、主体が明示されていないためです。英語で主語を人と分けて表現する場合、「エボラ出血熱の感染は防がれることもできる」と受身に変形させることで、テーマとして主語を「感染」としつつ、主体が人などであることを明示し、日本語のような曖昧さを排除します。このように考えると、日本語でも「エボラ出血熱の感染については(医師会など主体が)防ぐことができる」と表現することで曖昧さを廃除できることが分かります。

 私達は、日本語の文法がとても曖昧であることから主語の不明瞭な文を書いてしまいがちです。その原因は、テーマを意識するあまり、主体」を忘れてしまうことにあります。主体」を強く意識することで、主語も明らかになり明瞭な表現が可能になります。私は、改めて英語を勉強したことにより、分かりやすい日本語表現を意識するよう変わりました。(おしまい)

2014年2月1日土曜日

私達は本当に奴隷制度を否定しているのか? 〜現代の奴隷とは 問題の本質とは〜

私は、私達が本当に奴隷制度を否定しているのか、時々、疑問に思います。なぜなら、働かずして所得を得られる理由は、働くも所得を得られない人がいるからこそでは?と疑問に思うからです。

ポーカーでは、「チップを得る人」がいる側で「チップを失う人」がいます。同様に私達の経済でも、「金利を受け取る人」がいる側で「金利を払う人」がいます。ポーカーのチップは片付ければ何の意味を持ちませんが、「金利」には深い意味があります。

◯「金利」が持つ本質的な意味とは
「金利」とは:資金の貸借の対価あるいは貸借される資金の使用料のこと。(kotobankより)
このことは、貸し手や借り手から見て、何を意味しているのでしょうか?
金利とは、貸し手から見ると働かずして得る所得のことです。逆に、借り手から見ると所得にならない労働のことです。金利によって、働かずして所得を得る人を生む一方で、働くも所得を得られない人を生むことになります。つまり金利とは、貸し手から見て不労所得であり、借り手から見て手数料とはいえ返済するために搾取された労働の一種です。そのことは、暗黙のうちに定めている現代の奴隷制度といえます。

◯年金制度とは
私達の年金制度などは、預け入れた元本以上の受け取りを期待することから、金利が付くことを前提に設計されています。つまり、私達は、配当や金利などにより「不労所得」を求めています。私達は、年金を増やしたいと考えているなかで暗黙のうちに奴隷を求めていることになります。

私は、私達が本当に奴隷制度を否定しているのか、時々、疑問に感じるのです。
(おしまい)

ps.ケビン・ベールズによると現代の奴隷制度の総賃金は、アメリカのポテトチップス消費額と同じとのことです。

ケビン・ベールズ:現代の奴隷制度といかに戦うか

2013年10月26日土曜日

何故Macを選ぶのか 〜Macの魅力・意義とは〜

 最近、iPhoneが良く売れているため、パソコンの買い替えにあたりアップル社のMacを検討している人が増えているようです。そこで、何故Macを選ぶのか、私なりにMacの魅力をまとめました。


1.新しいライフスタイルが楽しい
 現在のパソコンは、かつてのスーパーコンピュータ並みの能力をもっています。しかし、一般的にWindowsパソコンは、応用ソフトを付属していないため、インターネット閲覧と年賀状印刷を目的とした利用しかされず有効活用されていません。アップル社は、Macに「秀でたソフト」を予め入れておくことでパソコンを活用するよう導いています。特に音楽を聴く、演奏する、写真を見る、撮影した動画を編集することに関し、私達に新しい楽しみ方やライフスタイルを提供しています。Windowsパソコンを購入すると「組み立て」や「パーツ」に詳しくなりますが、Macを購入すると「活用」と「楽しみ方」に詳しくなります。

2.パソコン操作から開放され創造することに集中できる
 Macのユーザインターフェースは、パソコンで初めてGUIとマウスを採用されたところから始まり、ソフトとハードの両面で革新し続けています。最新のマルチジェスチャータとタッチパッドにより、他社の追随を許さないほど洗礼されました。さらに、使い勝手が細部までよく練られています。例えば、作成中の文書や絵などは、自動保存されるため失う事がありませんし、変更箇所が自動記録されいつでも以前の状態に戻す事ができます。その使いやすさゆえ、細かいパソコン操作から開放され、意識を目的に集中できます。

3.起動が速く活用機会が拡大する
 起動処理やメモリ管理などが革新され、MacBookAirはスマホと同様瞬時に起動します。また、革新的な方法で「ウイルス」からの脅威も回避し、ウィルスチェック待ちもありません。パッと使えることにより、思いついたことを書き留めることができ想像力に貢献します。私は、MacBookAirに変えてから文書を書くようになりました。また、忙しい朝でさえ思いついたことをツイートできるようにもなりました。Windowsパソコンでは不可能なことです。

4「Unix」を基本とし信頼できる
 「Unix」は、基本ソフトとしてとても優れています。先ず、最も根幹をなす部分が、古く熟れているため、Windowsなど新しいソフトよりはるかに安定しています。また、Windowsのように「レジストリー」「DLL」といった「突然死」を引き起こす原因を内包していません。さらに、内部仕様が公開されているため、世界中の技術者が日々進化させています。そのため、サーバ分野で最も多く採用されています。コンピュター技術者にとって、Unixは最も憧れのソフトの一つです。Macの「OS X」やiPhone、iPadの「iOS」は、そのunixの上に構築されているため、とても安定しています。

5.ポストPCにふさわしい
 ポストPCの時代に入った今、私達は、場所と時間によって複数の端末を使い分けています。例えば、会社ではディスクトップパソコン、食卓ではノートパソコン、通勤や待ち合わせではスマホ、居間ではデッキとテレビ、寝室ではタブレット、週末の写真や音楽は携帯プレーヤ、といった具合です。
 これらの端末は、全てが自動連動しなければなりません。例えば、私達は、食卓のノートパソコンで入力した予定をいつでもスマホで確認します。また、通勤途中にスマホで発見した動画を家の迫力あるテレビで再生します。夜タブレットで途中まで読みんだ本を、翌朝、通気途中にスマホで続きから読み、外で撮影した写真をテレビやタブレットで家族と楽しんだりします。
 ところが、マイクロソフトはスマホで出遅れ、グーグルはパソコンで出遅れています。その点、アップルは、これらの端末全てをとても上手く統合し連動させました。Macとアップル製品を利用することで、その恩恵を最大限受けることができます。
(おしまい)

ps.私は、Macの購入により、Macに英語辞書やリーディング機能が標準で付属していたため、英語を学習するようになりました。英語を学習したら、英字ニュースや英語動画を見るようになり、さらにiTunesUなどでアメリカの大学の講義を受講するようになりました。Macの購入以来、ライフスタイルが劇的に変わりました。




2013年6月19日水曜日

満員電車で降りれないとき


満員電車において、皆が一斉に降りようとして押し合いになり、誰も下車できない瞬間がままあります。多くの人は、力ずくで出ようとしますが、引っかかり上手く抜け出せません。

何故でしょう? ここには、科学的な根拠があります。

それは、下車する人達が、アーチ形状になり出口に向かうつもりが横隣の人を押し合い、お互いに行く手を阻むためです。アーチ形状は、直角方向の力を分散させます。その効用は古代より知られていて、ダム、橋、トンネルなどで重い物を支える構造として応用されてきました。

下車する人達でアーチを作ると力ずくで出ようとしても引っかかり動けません。

そうなった場合、どう対処すれば良いのでしょうか?

一歩後退することです。アーチが崩れ一斉に前に進めるようになります。本当です。

ps.後ろの方が激怒しない程度に対応してください。

(おしまい)



2013年5月26日日曜日

中国潜水艦への対処方法 〜中国潜水艦は本当に脅威か〜

報道によると中国潜水艦が頻繁に出現しているそうです。日本の漁船は脅威を感じ、報道は中国潜水艦が威嚇していると訴えています。
しかし、東シナ海は深度が200mもない大陸棚です。中国潜水艦が私達にとって本当に脅威なのか、もう少し冷静な考察が必要です。

◯軍事作戦における潜水艦の優位性は何か?
そもそも軍事作戦における潜水艦の優位な点は、海に深く潜ることにより、敵に位置を特定されることなく突然海面に浮上して相手の不意をついた攻撃ができることです。
旧ソ連にとって、アメリカ原子力潜水艦の脅威は、航行位置を補足できず、戦争になった場合に原子力潜水艦の弾道ミサイルに対処できないことでした。

◯潜水艦の弱点は何か?
潜水艦自身は攻撃に弱いため、発見された時点でその優位性をほとんど失ってしまいます。敵の攻撃から身を守るためには、敵の攻撃力を先に奪うか、海深く潜り追跡をかわすしか術がありません。そのため、浅瀬を航行していては全く役に立ちません。

◯中国潜水艦は日本の脅威か?
ところが、日米は、中国潜水艦を哨戒によって捕捉できます。なぜなら、深さ200mもない大陸棚がつづく東シナ海においては、潜水艦はその姿を消す事ができないためです。潜水艦は、東シナ海を航行している限り軍事的な意味をなしえません。報道によると、中国潜水艦が潜水したまま日本近海に接近しているとのことです。中国潜水艦は、その位置が日本で報道されている時点で、もはや軍事的な意味をなしていないと言えます。
(参考)漢級原子力潜水艦領海侵犯事件

◯日本は、中国潜水艦にどう対応すれば良いか?
仮に中国と日本が戦争になった場合、中国潜水艦は、日本の太平洋における輸送路を断つため、太平洋側に出ようとするでしょう。それに対し日本は、中国潜水艦を大陸棚から出る前に撃沈すれば良いことになります。

中国潜水艦に対し、大陸棚という地形を有効活用し、日頃からその位置を的確に捕捉していれば、有事においても有効に処理できると言えます。
(おしまい)

東シナ海水深図 

水産庁 我が国周辺の水産資源より


海 底 地 形 図

海上保安庁海洋情報部 海 底 地 形 図より


2013年4月13日土曜日

日本は依然として閉鎖的

「グローバル化」が認識されてから随分と年月が立ちました。巷には外国ブランドや横文字が溢れ、外国人やハーフがテレビに出演しているため、日本もグローバル化の波に乗り第二の開国を成し遂げつつあると感じている人も多いと思います。
しかし、私は、日本のことをつくづく「閉鎖的な国」だと感じています。

今日もそれを強く感じる出来事がありました。

渋谷でコーヒーを飲んでいたとき、隣に座っていた韓国人2人に、路線図やiPhoneを見ながら困惑していたため英語で声をかけてあげました。その韓国人が「アシアゲがどこか分からない」と言うので、私が問いただすと彼らの目的地は「スカイツーリー」でした。駅名が分からず困っていたのかと思いきや、彼らのもっていた路線図には、JRのものだったため、メトロや私鉄は省略され「押上駅」が記載されていませんでした。しかも、漢字主体で表記され、駅名に小さなローマ字の記載があるだけでした。また、他の鉄道会社についての注意書きなどいっさいありませんでした。彼らは自分たちが「アシアゲ」を見落としているに違いないと必死に探していたわけでした。
私は、「押上駅」まので行き方を説明し、駅名に関して漢字とローマ字でメモも書いてあげました。

韓国では、日本語、中国語、英語のガイドが町中に溢れています。路線図もとても見やすくできています。また、日本語が、どこに行っても通じます。レストランはもとよりマクドナルドや地元向け量販店ですら通じます。小さな飲食店などは、日本語を話せる人がいない場合でも、少なくても写真付きの日本語メニューが置いてあり、誰でも簡単に注文できます。路上や駅で地図や路線図などを見ていると、必ず誰かが日本語で声をかけ助けようとしてくれます。大学卒業者は皆、英語、中国語、日本語のいずれかを話せます。大学を卒業していなくても、商売する人であれば、外国語を片言で話そうとします。インチョン空港では、飛行機を降りたところの看板の一行目に日本語で「ようこそいらっしゃいませ」と書いてあります。私達外国人を歓迎していることを強烈に感じます。

一方、日本では、外国人向け観光ガイドがどこにあるのか分かりません。外国人向け地図すら町や商店街に置いていません。各鉄道会社の路線図は、駅名や路線名を日本語を主体に表記し、さらに自社の路線しか記載していません。外国人向けの、見やすい、統合したものがありません。小売店では、韓国語や中国語がほとんど通じませんし、英語ですら通じる場所が限られています。道に迷う外人がいても声をかける人はいません。そのため、外国人観光客は、スマホとgoogleマップにより少しは自分で探索できるものの、電池が切れたら孤立してしまいます。成田空港の入国ゲートの看板には、一行目に「お帰りなさい」とだけ日本語で書いてあります。まるで外国人を無視しているようです。

日本を訪れた外国人観光客は、日本のことを、未だに閉鎖的な理解しがたい国と感じているに違いありません。

(おしまい)


2013年1月14日月曜日

Google Map 「交通情報」の限界

1月14日、東京は大雪に見舞われました。都内の道路は、各所で渋滞しました。首都高速も、方々で「通行止め」や「チェーン規制」により利用を制限されました。こういう時こそ車の運転者は、「交通情報」をリアルタイムに取得したいことでしょう。

「GoogleMap」は、利用者の位置情報を吸い上げることで、独自にリアルタイムの渋滞情報を提供しています。高速道路はもとより一般道を含め、あらゆる道路に対応しています。道路運営側から情報提供を受けていないことの強みです。

しかし、私は、かねてから「GoogleMap」が雪の日に真価を発揮できるか疑問を感じていました。本日、早速、日本道路交通情報センター(JARTIC)の道路交通情報と、Google Map の交通情報を比較してみました。

東京外環道路は、大雪により、「通行止め」になりました。同時刻、JARTICの道路交通情報は「通行止め」を表示しましたが、Google Map の交通情報は「渋滞」しか表示しませんでした。

残念ながら、Google Map の交通情報は、道路運営側の情報と連動していないため、「通行止め」に対応できていないようです。私達は、「通行止め」や「チェーン規制」が実施された場合、日本道路交通情報センター(JARTIC)の提供情報と併用する方が良さそうです。

 ●日本道路交通情報センター(JARTIC)提供の渋滞情報
 東京外環道路に「通行止め(黒色)の表示

Google Map に表示される交通情報
 東京外環道路に「渋滞(赤色や黄色)」の表示(交通止め表示なし)
(おしまい)

2012年9月23日日曜日

日中軍事力の比較

現在の日本と中国の軍事力を比較しました。想像以上の大差です。
日本は、生産設備も備蓄もない状況で、中国と戦争したら明らかに大敗します。

 

比較項目            
     日本      
      中国   
◎人的資源
総人口
126,475,664
1,336,718,015
兵役適齢人口
1,214,618
19,538,534
現役兵
239,430
2,285,000
予備兵
57,899
800,000

◎海軍装備
軍用船舶
110
972
商業船
673
2,012
港湾
10
8
航空母艦
0
1
駆逐艦
10
25
潜水艦
16
63
護衛艦
36
47
巡視船
6
332
 水雷敷設艦
29
52

◎空軍装備
航空機
1,953
5,176
ヘリコプター
690
632
空港
176
502

◎陸軍装備
戦車
902
7,500
輸送車両
5,000
55,850

◎天然資源
石油生産(bbl/日)
132,700
4,273,000
石油消費(bbl/日)
4,363,000
9,189,000
石油備蓄(bbl)
44,120,000
20,350,000,000

出典:http://www.globalfirepower.com/

(おしまい)

2012年8月5日日曜日

オリンピックの柔道について

オリンピックの柔道において、日本の男子選手は金メダルを一つもとれませんでした。この成績に落胆された方も多いことでしょう。オリンピックの「Judo」はもはや日本の「柔道」ではない、と嘆いている方も少なくないと思います。しかし、私は結果について、異なった見方をしています。むしろ日本にとって好ましい状況とも考えています。

柔道は日本の伝統スポーツゆえ、テニスにおける「ウィンブルドン選手権」のような、世界に開かれた格式高い試合を、日本で開催することができます。柔道がより世界に広まることで、頂点を目指して世界中から日本に人がやって来ます。そのことにより、日本の文化が世界の人々に知れ渡り、日本に関心をよせる人も増加します。資本はビジネスチャンスとみて日本に投資し、日本の雇用も増加します。柔道の世界振興は、日本の伝統文化を世界に広め、日本に大きな利益をもたらすことでしょう。

女子78kg級では、アメリカのハリソン選手が、アメリカ柔道初となるオリンピック金メダルに輝きました。翌日、PodCastで配信されたWSJのニュースにて、キャスターのゴードン・ディールは、「私は『Judo』を見たことがなかったけど彼女の闘志を見てテレビを切ることができなかった」と、言ってました。同様に大勢のアメリカ人も、決勝試合を通じて、生まれて初めて柔道を見たと思います。ハリソン選手は、その活躍により、全米3億人に柔道を紹介し、「柔道界」に大きく貢献したと言えます。このことは、日本にとっても有益です。

つまり、他国の選手がオリンピックの柔道で金メダルを獲得することは、日本にとっても良いことなのです。

(おわり)


Kayla Harrison
http://www.london2012.com/athlete/harrison-kayla-1134707/


2012年5月13日日曜日

コンプライアンスとは権威への屈服


私は、安易なコンプライアンスを「権威への屈服」と考えています。

法律は、国民を統治者するために作られたものであり、国民の価値観は変わるため時代遅れであったり、時には間違ったりします。また、国によって、統治の方法や考え方も異なるため、同じもではありません。つまり、法律は、必ずしもこの世の普遍的なものではありません。

一方で、倫理感は、「人を傷つけてはならない」とか「人の自由を奪ってはならない」など、人類に共通する価値観です。宗教の違いにより異なる部分もあるものの、より本質的な部分には普遍性があると言えます。

法令遵守は大事ですが、悪法をまで遵守する事は倫理的に問題でしょう。ところが、正しい倫理観を持ち合わせなければ、法律の良し悪しを判断できません。それでは、法令を遵守しても法の奴隷になってしまいます。例えば今シリアで法令遵守と言えば、政府に異を唱える民衆を殺害することです。

つまり、倫理観が欠如したまま安易に法令遵守を唱える事は、権威への屈服と言えます。安易にコンプライアンスを提唱する企業もありますが、それは考えものです。大切なことは、コンプライアンスよりも、正しい倫理観を持つことです。

(おしまい)

2012年5月6日日曜日

浜岡原発停止問題に見る法治国家論について


菅直人首相が浜岡原発を鶴の一声で停止させたことについて、「法的根拠のない要請(事実上の命令)を首相が公然と行なうのは言語道断」と、批判する有識者がいます。しかし私は、そういった意見を、稼働継続が合理的判断だとしても、有識者による原発を継続稼働したいがための、ただの「屁理屈」と考えています。

○民主主義における法律の目的とは何か?
法律は国が国民を統治するための手段であり、考え方や手続きを明文化したものです。私は、形式的な法的手続きを逸脱したとしても、また、非合理的な判断であっても、最終的に民意を反映していることが肝要と考えています。大多数の民意と施行された法律が反している場合、正すべき対象は民意ではなく法律です。民意が変われば、法律も変えるべきです。それこそが民主主義における法治です。法律とは、民意を反映して国を統治するために制定された、ただの道具です。私達は、法による支配を受けますが、「法の奴隷」ではないのです。

○福島原発後の民意はどうか?
昨年国民が原発の稼働是非に関して福島の事故を目の当りにし考え方を急変したことは、各紙の世論調査からも明白です。こういった状況で、当時の菅総理は、識者から批判を受ける覚悟で英断し、賞賛に値します。重要なことは、正しいかどうかでなく、国民から支持されているかどうかです。

○浜岡原発停止は本当に違法だったのか?
実際に電気事業法をみると、下記の通り政府には原発の使用を一時停止する命令権限が与えられています。実際には法的にも問題がなかったことが分かります。

[電気事業法]
第四十条  経済産業大臣は、事業用電気工作物が前条第一項の経済産業省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは、事業用電気工作物を設置する者に対し、その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し、改造し、若しくは移転し、若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使用を制限することができる。

つまり、浜岡原発停止を違法と訴えている人は、よほどの「屁理屈」のプロなのでしょう。

おしまい







2012年2月24日金曜日

中世を引きずる日本

被雇用者は、どこかの企業・集団(藩)に属しないと生きて行けず、企業・集団(藩)に対して忠誠を誓わなければなりません。場合によっては自殺したくなるほどの過労も要求されます。企業・集団(藩)において上位者の指示を断ると退職(脱藩)となり、勇気ある人や能力ある人が自営業者(脱藩浪士)として独立することもあるものの、多く場合は死を意味します。海外で人となりを確認するとき「あなたの仕事は何ですか?」と質問しますが、日本では「あなたはどこの企業・集団(藩)に属していますか?」と聞きます。日本は、いまだ封建制度を維持する「中世の社会」と言えます


渡邉美樹会長発言がネット大炎上 ワタミ側は「自殺社員」の労災認定に反論

http://news.livedoor.com/article/detail/6307742/

2012年2月12日日曜日

日本が世界で生き残るために


私は、日本の伝統的な集団優先の思考や行動様式を変える時と考えています。

自然界には法則があり、強い生物が勝ち残り弱い生物は餌食となります。また、多様な種が存在し、環境変化に適応する種だけが生き残ります。私は、この自然界における法則が人にも適用されていると考えています。

市場経済でも、強い者、賢い者が生き残り、弱い者、愚かな者がカモにされます。グローバル化した社会において、日本が伝統的な「集団主義」を継続し皆が同じ行動を選択すれば、全体が勝利する可能性がある一方で、逆に全体が敗北する可能性もあります。今はまだ国内市場が大きいのでそれほど目立つ事ではありませんが、様々な競争分野で日本の負けを見ると、徐々に大敗に向かいつつあるようにも思えます。

グローバル化した今、様々な課題に対応するため、均一主義、同一主義、平和主義的な教育・思考を改め、多様な人材の排出が必要です。個人や家族においては、日本語だけでなく英語や中国語など外国語も身につけ、他人の考えを伝達するだけではなく持論を確立し、住居地も国内だけでなく世界各地に分散する必要があります。

そうすることで、集団主義を求める人達が世界の餌食となって自然死滅したとしても、日本村から離れた新日本人の誰かが環境変化に適応し、子孫を残すことで、世界市場戦国時代の次においても日本人は繁栄し続けると思います。


(おしまい)

2012年1月22日日曜日

放射線に対する考え方


現状の統計分析結果を見て安全と断言する人に不安を感じます。

福島原発の放射線による人体への影響は、これまでの統計分析結果によると、喫煙リスク程度しかないということです。一方で、線量は距離の二乗に反比例し距離が10分の1に近づくと100倍になるので、放射性物質は体内に取り込んでしまうなど極端に近ずけると微量でも影響を無視できない、との考え方に一定の合理性を感じます。

セシウム137が500Bq/kgという微量の放射性物質を、「食べ続けると発病する」という実験結果が無いのと同じように、「食べ続けても発病しない」という実験結果もありません。つまり、人体実験による実証データがなく、真相は「分からない」という状況です。

そのため、統計的分析によって評価している訳ですが、統計的分析は分析の切口や母集団の捉え方によって観測結果が大きく異なってしまい、分析結果が必ずしも真実を表現できている分けではありません。

つまり認識可能な事象の発生確率が低いとしても、実際全ての人に影響が少ないかというと、必ずしもそうとは言い切れない部分が残ってしまします。放射線物質による人体への影響を認識できないのは、統計分析に耐える単位や切り口、測定方法が未だないからかも知れません。実際、甲状腺癌になったチェルノブイリ原発近辺の子供達が100mSv以上受けたのか、発癌した子供と発癌しなかった子供を分けた原因は何だったのか、良く分かっていません。

面白い話があります。私が遠隔地のサーバ運用を任命された時のことです。ある日、遠隔地サーバの正常起動を確認できなかったので、担当の技術者に調べるよう指示しました。担当は手元にエラー通知が届いていないので問題ないと私に報告しました。私は不安となり、現場に直接出向いて動作状況を目で確認するよう指示しました。返ってきた報告は、「そもそもサーバが起動しなかったので、エラーイベントすら出せない状況でした、、、」。このことは、物事が「白・黒」の二値では表現できないことを示唆しており、問題を認識できない場合にどちらと考えておくべきかということを示しています。

微量の放射線による人体への影響有無に関して、未だ証明されていないと考えています。しかし、危険を認識できないからと言って、安全と決めつけることは誤りです。

(おしまい)

ps 私個人は、福島産の農作物などを何も気にせず食べています。